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VISION EARS Elysium (Custom)

[レビュー] VISION EARS Elysium (Custom)

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■製品仕様・特徴など

ElysiumはVISION EARSのフラッグシップ級のモデルで、定価30万円越えのモデルにしては珍しく、1BA、1DD、2EST の 4ドライバ 3ウェイ と比較的ドライバ数は控えめでシンプルな構成をしています。昨今流行りのトライブリッドモデルですが、低域にBAドライバ、中域にダイナミックドライバを割り当てるという一般的なハイブリッド構造とは逆になっているのが興味深いです。開発者曰く、BAドライバの低音が好きなのでそうしました、とのことで、一般的な流れに逆らってでも自分の良いと思う音を追求する姿勢は職人的な気質を感じ好感が持てます。ダイナミックドライバを搭載しているにも関わらず、VISION EARSの他のフルBAタイプのイヤホン同様筐体にベントは無く、樹脂充填シェルが採用されています。このあたりは、ダイナミックドライバが低域再生では無く主に中域再生を担うため、ハイブリッド構造において一般的にダイナミックドライバに求められる、良く沈み込み量感のある低音を表現する必要が無いということや、HALC (High Precision Acoustic Leveling Chamber)と呼ばれる音響調整モジュール技術の採用により実現されているのでは無いかと思います。

VISION EARSにしては珍しく、BAドライバ以外の種類のドライバを組み合わせたモデルで、今までのVISION EARSらしさを踏襲した音なのか、それとも全く新しい傾向の出音を実現しているのか、非常に気になるところです。

VISION EARSの他のモデルと同様に、ユニバーサルタイプとカスタムタイプの両方が販売されていますが、今回は他人の耳型で作成された中古のカスタムタイプのElysiumに、ユニバーサルタイプのようにイヤーピースを取り付けて使用するというちょっと特殊な試聴条件になっていますので、その点についてはご注意ください。

■試聴環境

DAP : Cayin N6ii-Ti (R01モジュール)

・接続 : 純正付属ケーブル 2pin - 4.4mm5極バランス(変換アダプタ使用)

・イヤーピース : SpinFit CP155(真鍮リング取り付け)

■サマリー

・[モニター] - - - 〇 - [リスニング]

・帯域バランス : 低域 = 中域 >= 高域

・音場 : [広] - 〇 - - - [狭]

・定位 : [正確] - 〇 - - - [曖昧]

・解像度 : [良] - 〇 - - - [悪]

・音漏れ・遮音性 : [良] - - - - - [悪] ※カスタムIEMのため未評価

・装着感 : [良] - - - - - [悪] ※カスタムIEMのため未評価

■全体的な音質傾向

一言で言うと、全帯域に渡って丁寧にチューニングされ、柔らかく滑らかで非常に聞きやすい自然な出音を実現している傑作です。

各音のエッジ、粒立ち感については少し抑えめで、非常に滑らかで柔らかさを感じる音作りですが、各音のディテールの描写の良さや分離感はしっかりと保っています。この点が、他のイヤホンではあまり見られないElysium最大の特徴であり魅力的なポイントと感じます。

音の太さについては平均的ですが、力強く鳴らすことよりも繊細な表現の方が優れている印象です。

音の響き、余韻の表現は十分で、特に録音の良いライブ音源などを聴くとしっかりと空間の中に音が広がる感覚が感じられます。

かなりリスニング寄りの出音で、非常に心地よく音楽に没頭することができます。音量を上げても耳に刺さるような刺激的な音はほとんど出さず、純粋に迫力や臨場感の向上を感じやすいため、ついつい音量を上げて聞いてしまいがちなのは耳へのダメージを考えると注意が必要かもしれません。

どちらかというと繊細な表現の方が得意な印象ですが、ロックなどを力強く鳴らすことも苦手とまではいかないため、心地よく音楽に浸りたい時に音源を選ばず使用できるのではないかと思います。

■帯域バランス

低域 = 中域 >= 高域

全帯域において量感に過不足がなく特定帯域の強調なども感じない、非常に自然なバランスの出音ですが、繊細でシルキーな質感の出音のせいか高域の主張はわずかに控えめです。

低域はBA型らしい制動が効いた輪郭がしっかり感じられる音色ですが、量感も必要十分である程度の自然な広がりも感じられるため、タイトになりすぎず非常に心地良い鳴り方です。サブベース帯域に関してはさすがにダイナミックドライバを低域に割り当てているモデルと比較すると控えめですが、そのおかげで低域をある程度スッキリと聞くことができるため、この点は好みが分かれそうです。

中域についてはダイナミックドライバらしい滑らかで生き生きとした自然な出音です。特別艶などが強調されることは無くすっきりとした聞きやすい音色のため、ボーカルに感情的に歌い上げて欲しいなどのある種の演出的な鳴り方を期待する場合には、少し物足りなく感じるかもしれません。

高域についても必要十分な量はしっかりと出ており、質感としても粒立ちが良く十分伸びも感じられますが、質感としては非常にシルキーで滑らかな出音のため、音量を上げていっても不快な刺さりなどが発生しづらく非常に聞きやすいです。シャンシャン、キンキンといった派手な鳴り方とは対極に位置する繊細な鳴り方のため、高域に鮮やかに響き渡るような鳴り方を期待する場合には好みと合わない可能性が高いです。

■音場・定位・解像度

音場はイヤホンにしてはかなり広めですが、特別音場の広さを強調して表現するというよりも、録音の良いライブ音源においてはその会場の広さ・空間をしっかりと表現するように鳴りますし、通常のレコーディング音源においては録音方法やマスタリングで調整された通りに素直に鳴るという印象です。

定位感は十分に良いです。前述した素直な音場表現と関連しますが、音源の録音・マスタリング環境を忠実に再現する傾向が有ると思います。

解像度については各音のディテール表現、各音の分離感のいずれも十分に良いですが、柔らかく滑らかな傾向の出音のため、その性能の高さの割には目立たない印象です。特定の楽器の鳴りが目立ちすぎて耳につくなどのことが無いため、個人的には非常にちょうどよいバランスで調整されていると感じます。

■音漏れ・遮音性

他人の耳型を用いて作成されたカスタムIEMのため未評価ですが、ベントが無い樹脂充填シェルであるため音漏れ自体は少ない傾向にあると思います。ただし、同社のフルBAタイプと比較すると、何に起因しているのかわからないのですが微妙に音漏れが大きい気がします。

■装着感

他人の耳型を用いて作成されたカスタムIEMのため未評価ですが、私はSpinFit CP155をカナル先端に取り付けることでユニバーサルタイプと遜色のない十分なフィット感を得られており、フィットによって影響が出がちな左右の音量バランスの崩れや低域の不足感なども感じません。

■その他、備考

VISION EARS Elysiumは音源を選ばず非常に心地良いリスニング体験が可能なイヤホンであるため、所有しておきたいと長らく考えており、実際にユニバーサルフィットタイプを新品で購入したこともあったのですが、訳あって手放してしまっていました。今回は中古のカスタムタイプを購入したこともあり、完璧なフィット感とはいきませんが、イヤーピースを使うことでユニバーサルタイプと同程度のフィット感を得ることができ、しかもそれが定価の1/3程度の価格で入手できたため、個人的には非常に満足しています。

Elysiumを購入検討するにあたり注意すべきことがあるとすれば、それは特定周波数帯域でノイズが発生することがあるということです。具体的には、1700 Hz~2000 Hzの帯域と3000 Hz~4000 Hzの帯域のあたりで回路が共振しているような高周波ノイズのようなものが乗る場合があり、全くノイズが乗らない個体から比較的大き目のノイズが乗る個体まである程度の個体差があります。しかしながら、上記周波数帯域でLR両側で全くノイズが乗らない組み合わせの個体には巡り合えておらず(今までに今回の個体も含めて4機ほど聞きましたが、いずれもノイズの発生が確認されました)、初期不良というよりもElysiumの回路構造の設計に起因する仕様となってしまっているようです。さすがにEmpire Ears Legend Evoの左右バランスの崩れほど酷いものではないものの、周波数スイープなどを行うと明確に判別可能なレベルであるため、完璧な製品を求める方は少なくとも新品購入は控え、しっかりと試聴してノイズが少ない個体の組み合わせの中古を購入するのが良いと思います。救いなのは、上記ノイズは音楽を聞くような通常使用の範囲においては、ノイズが目立ちやすい音数の少ない音源で特定周波数帯に含まれる楽器などがロングトーンかつ比較的大音量で鳴るなどの条件が合わさった際に、非常に注意していてやっと判別できるレベルに収まっているという点です。

上記のような気になる点はあるものの、音作り自体は非常に丁寧かつ良質で、聞き疲れしにくいリスニング傾向のイヤホンを求めている方にはぜひ一度聞いてみて欲しい傑作です。