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Shure SE846

[レビュー] Shure SE846

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■製品仕様・特徴など

ドライバ構成自体はツイータ×1、ミッドレンジ×1、ウーファ×2の 4ドライバ 3ウェイ という比較的良く見る構成ですが、SE846が革新的だったのは低域部のチューニングに複数枚の金属板で構成された複雑なアコースティックローパスフィルターを使用していることです。搭載するドライバ数も4機と欲張っていないため、筐体自体もかなり小型です。

また、もう一点SE846が革新的だったのは、ノズル部に交換可能な音質調整用フィルタを採用していることです。ブライト、バランス、ウォームの三種類のフィルタが付属しており、バランスフィルタを基準に1kHz ~ 8 kHz の帯域を上下させるようになっているようです。ノズルを取り換えることで特に帯域バランスはかなり大きく変わる印象なので、好みの音質傾向や良く聴く音楽のジャンルなどにマッチするものを選ぶことが重要となります。

当時の風潮からするとなかなか個性的なスペックを持ち、今までできなかったことをやってやろうというハイエンドらしい挑戦を感じますが、最も重要な音質についてはその挑戦に見合うものを実現できているのか非常に興味深いです。

■試聴環境

DAP : Cayin N6ii-Ti (R01モジュール)

・接続 : ALO Audio Gold 16 IEM Cable MMCX - 4.4mm5極バランス

・イヤーピース : 純正付属シリコンイヤーピース

・ノズル部 音質調整用フィルタ : バランスタイプ

■サマリー

・[モニター] - 〇 - - - [リスニング]

・帯域バランス : 中域 >= 低域 > 高域

・音場 : [広] - - - 〇 - [狭]

・定位 : [正確] - 〇 - - - [曖昧]

・解像度 : [良] - 〇 - - - [悪]

・音漏れ・遮音性 : [良] 〇 - - - - [悪]

・装着感 : [良] 〇 - - - - [悪]

■全体的な音質傾向

一言で言うと、決して耳障りな音を出さないよう丁寧にチューニングされ、特に低域、中域において音源の細部まで詳細に描き出す高い基本性能を持った名機です。

各音のエッジ、粒立ち感はBA型らしく適度な強調がされており、キレの良さを感じます。

低域、中域に関してはBA型にしては太い密度感のある音を鳴らします。

音の響き、余韻の表現は控えめで、クッキリ、ハッキリと各音の分離感を重視して鳴らすタイプです。

全体的に派手な音作りとは無縁で、ハイエンド機ならではの個性を求める場合には肩透かしを受ける印象もありますが、良く聴きこんでいくと、特に低域、中域に関しては歪みやざらつき、変な強調の無い上質な鳴り方をしていて、分離感やディテールの詳細な描写力についても良いものを持っていることが伝わってきます。

かなりモニター寄りで破綻の無い真面目な鳴り方には感じますが、帯域バランスはフラットというよりも低域、中域が厚めで高域は目立ちにくい傾向にあり、結果として音量も上げやすく、迫力や力強さを表現することは得意な印象です。

■帯域バランス

中域 >= 低域 > 高域

帯域バランス的には中域、特にボーカルが目立ち非常に聞きやすく、それと同程度かわずかに控えめな量感で沈み込みが良く制動が効き、輪郭のしっかりした低域の楽器群が鳴っています。

高域については量が控えめで伸びも良くないため、中域の後ろに追いやられがちであまり目立ちません。曇りを感じるレベルではないですが、高域好きの人にはかなり物足りない鳴り方だと思います。

上記はノズル部の音質調整フィルタにバランスタイプのものを使用した時の帯域バランスです。ここからブライトフィルタに変更すると、高域の量が増え多少聞き取りやすくなりますが、伸び自体はあまり変わらない印象です。また、低域、中域の厚みが多少抑えられ、よりクリアな印象の音に変化します。一方で、上質な低域、中域を中心としたSE846らしい音作りからは離れてしまいます。

ウォームフィルタに変更すると、高域自体はあまり減衰する印象は無く、むしろ低域の量感の増加や、各音が多少柔らかくエッジが取れたような音に変化するのを感じました。バランスフィルタ同様高域は控えめですが、それを補って余りあるメリットとして、低域が盛り上がることでより迫力や臨場感が増し、ボーカルもより生々しく聞こえるようになる印象です。

■音場・定位・解像度

音場はイヤホンの平均からすると狭めで、全ての音が頭の中心付近に集まりがちな聞こえ方になり、頭内定位を強めに感じます。

定位感はかなり良いです。響きや余韻が少なく、音像自体が滲まずクッキリとしており、音が出ていると感じる位置がブレることも少ないです。

解像度については、よくよく聞いてみると分離感、詳細なディテールの描写については十分優れているものの、音場が狭めなことや、低域、中域は密度感のある太めの傾向のため、一聴では目立たない傾向にあります。

■音漏れ・遮音性

イヤホン本体にベントが無く、耳にもしっかり収まり密着するため、密閉型のイヤホンとしては最高レベルの音漏れ耐性と遮音性を持っていると感じます。

ノズル部分を塞ぐ(耳に装着した状態を再現する)と、よほどの大音量で鳴らすか本体にかなり耳を近づけない限りは音漏れを感じません。

騒音化での移動(電車など)を伴うポータブル用途でも非常に快適に利用可能なレベルです。

■装着感

筐体内にはドライバとネットワーク回路、アコースティックローパスフィルタがみっちりと詰め込まれており、多ドライバモデルにも関わらず非常に小型です。

重量は樹脂製のため軽く、耳に当たる面も滑らかに整えられており、その小型さから耳のくぼみにしっかりと収まり非常に安定感が高いです。

ステム部がShureの他モデルと同様に細く、使用できるイヤーピースはかなり制限されます。ステムに取り付けることで、より軸径の太いイヤーピースを装着可能にするアクセサリもあったりするので(finalの Type Eイヤーピースのセットにもついてきた気がします)、お気に入りのイヤーピースがあるがステムが細すぎて使えない時などは使用を検討するのが良いかと思います。

イヤーピースの選定に多少難しさがある可能性がありますが、総じてカナル型のイヤホンとしては最上級の装着感だと感じます。

■その他、備考

私が初めて購入した定価10万円越えのフラッグシップイヤホンで、当時はこの価格でハイエンドと言われていた気がします。現在のフラッグシップモデルの多くは20万円弱~30万円越えの価格帯と、今はだいぶハイエンドの価格帯が押し上げられてしまいましたね。。。SE846は2013年8月に発売され、付属品などのマイナーチェンジはあったものの、今なおも販売され続けるロングセラーモデルです。近年のハイエンド機はそもそも最初から限定生産のみであったり、通常モデルであっても販売開始から販売終了まで1~2年程度と、非常に短いスパンで製品を展開していくケースが増えていると感じます。そんな中で、既に8年以上、実質的にShureのフラッグシップイヤホンとして居座り続けているのはSE846の総合的な完成度の高さとそれによる根強い人気の裏付けだと思います。発売当時の風潮として、限られた筐体の体積の中にできる限り多数のドライバを詰め込んだやつが強い!高音質!みたいな価値観があり、ハイエンド機は搭載ドライバ数を増やすために大型化していく傾向にありました。そんな中で、貴重な筐体内の体積をドライバ数を増やすために使うのではなく、アコースティックな機構を用いた音響チューニングのために使用するという設計を、実験的なモデルならまだしもフラッグシップモデルで採用するというのはかなり勇気のいる決断だったのではないかと思います。結果として、小型のBAドライバをひたすら詰め込むことによる音質向上はすぐに頭打ちを迎え、最近ではフルBAのモデルにおいても筐体内の形状や体積、ドライバの位置などを厳密に設計した、アコースティックな音質調整を担う音響チャンバー構造を持つモデルが増えてきており、SE846は時代を2歩も3歩も先取りした設計思想を持っていたと言えるかもしれません。