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EMPIRE EARS WRAITH

[レビュー] EMPIRE EARS WRAITH

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■製品仕様・特徴など

日本では2019年9月に発売開始した、EMPIRE EARSの当時のフラッグシップモデルです。2020年9月には現フラッグシップモデルであるODINが発売開始されており、実質フラッグシップモデルであった期間は1年ほどで、人気も同社のODIN、Legend X、Valkyrieなどには及ばない印象で、あまり評判も聞かない不遇なモデルです。EMPIRE EARSもEMPIRE EARSで、自社のフラッグシップモデルにWRAITH(死霊、亡霊、幽霊)などとひどい名前を付けるものです。

多ドライバでの音作りを得意とするEMPIRE EARSらしく、低域(BA)×2、中域(BA)×3、高域(BA)×2、超高域(ES)×4 というかなりの多ドライバ構成になっています。ちなみに、11ドライバ 4ウェイ かと思いきや、クロスオーバー的には 5ウェイ synX クロスオーバー らしいです。(synXってなんなんでしょうね。ドライバ数より帯域分割数の方が多いことがありますが、1ドライバを複数帯域に分割して鳴らしていたりするのでしょうか。)

BA+ESTのみで構成されたハイブリッドモデルとしては、ULTRASONE Saphire / Ruby Sunrise、Oriolus Traillii JP、qdc Anole V14、Moondrop SOLISあたりがありますが、市場の多くのESTを積むモデルはここにDDを足したトライブリッド構成を取るため、BAとESTのみで構成されたモデルは結構貴重なのではないかと思います。

付属する純正ケーブルは Effect Audio Cleopatra (4wire) で、このケーブルだけで普通に買うと10万弱する高級ケーブルです。専用設計のオリジナルケーブルではないものの、フラッグシップモデルだけあってさすがに力が入っています。プラグは日本版では3.5mmのみですが、海外版では2.5mmのものも購入できたようです。私の所有しているWRAITHは海外版の2.5mmプラグのものです。また、2pinコネクタとプラグのパーツは Effect Audio 純正のものと変わりはないようですが、ケーブル分岐部のスプリッタはEMPIRE EARSのロゴが入ったかなり小型のものに変更されています。Effect Audio の大きめのスプリッタは高級感はあるのですが、ケースにしまう時やポータブル用途では邪魔になることがあるので、小型のパーツが採用されていることはデザイン云々より機能性の面で個人的に嬉しいポイントです。

本体のフェースプレートは Amethyst Haze という WRAITH 専用のデザインとなっています。アクリル製のアメジスト色の材料とブレンドされたカーボンで構成されていて、ODIN の派手派手虹色フェースプレートと比較すると写真で見る限りでは非常に地味な印象です。ですが、実物を目の前にすると奥行感を感じる多層で構成されたデザインをしていることが見て取れ、角度を変えると銀色の靄のような模様も現れ、「幽玄」という言葉で表現したくなるような奥深いデザインになっていると感じます。

ちなみに翼モチーフのメーカーロゴは相変わらず残念な感じです。せめて、全モデルで "E" が向かいあう形状のシンプルな方のロゴに統一してもらいたいものです。Amethyst Haze フェースプレート自体の出来が上質で気品あふれる仕上がりをしているのに、そこにいかにもアメリカンなウイングロゴが乗ることで一気に雰囲気を台無しにしてしまっている感じが強いです。

EMPIRE EARSのイヤホンのレビューになるとどうしてもデザインに文句をつけてしまいがちですが(主にウイングロゴのせい)、イヤホンにとって最も重要なのは音質です。BA+ESTのモデルでは ULTRASONE Saphire を以前に所有していてある程度音質についても記憶にあるので、それと比較して音質傾向の違いがあるのかなどを考えながら聞いていきたいと思います。

 

■試聴環境

DAP : Cayin N6ii-Ti (R01モジュール)

・接続 : Effect Audio Cleopatra 4wire (純正付属ケーブル) 2pin - 4.4mm5極バランス (変換アダプタ使用)

・イヤーピース : final type E

 

■サマリー

・[モニター] - - 〇 - - [リスニング]

・帯域バランス : 中域 >= 高域 = 低域

・音場 : [広] - - 〇 - - [狭]

・定位 : [正確] - 〇 - - - [曖昧]

・解像度 : [良] 〇 - - - - [悪]

・音漏れ・遮音性 : [良] 〇 - - - - [悪]

・装着感 : [良] - 〇 - - - [悪]

 

■全体的な音質傾向

一言で言うと、フォーカス感が強く艶やかなボーカルを中心として、その周りを多少の柔らかさを持った細やかな鳴りの楽器の音が取り囲む、非常に上質な表現をする万能機です。

各音の描写はかなり細かく粒立ち感を十分感じられますが、音の輪郭については少し丸みをおびており、柔らかさや滑らかさを感じさせる傾向にあります。

音の太さについては平均よりわずかに太めに感じますが、基本的には原音に忠実に鳴らしており、試聴する音源によってかなり受ける印象が変わります。ロックなどの楽曲で各音が太めに録音されているものはかなり厚みや密度感を感じる鳴りになりますし、逆に小編成のアコースティックな楽曲においては、各楽器の繊細な鳴りまでしっかりと拾い、すっきりとクリアに鳴らしてくれる印象です。

音の響き、余韻の表現についても原音に忠実な印象で、余計な脚色を感じません。

全体的にはモニター傾向とリスニング傾向のちょうど中間あたりの出音になっていますが、このあたりの印象も音源に左右されやすい印象です。総じて上流(音源、DAPDAC / AMP、ケーブル)の影響が鳴り方に反映されやすいというのが最大の特長かと思います。

 

■帯域バランス

中域 >= 高域 = 低域

帯域バランス的にはどの帯域も過不足なく出ている印象ですが、強いて言うなら一番前面に押し出され目立って聞こえるのは中域になります。高域、低域に関しても中域に追いやられることなくしっかりと聞こえてきます。

中域はボーカル、楽器ともに平均よりもわずかに太めの質で、柔らかさや滑らかさが感じられる艶やかな鳴り方をします。

低域はローエンドは控えめで沈み込みは少々弱い印象ですが、ローエンドよりも上の帯域から中域までに関しては十分な量が出ており、低域の量感の不足を感じることは少ないと思います。

高域についてはESTを4基積んでいるのでどれだけ鮮烈な音が出てくるのかと思いきや、実際の出音は非常に丁寧で落ち着きのあるシルキーな音で、ESTを複数積むことで1ドライバあたりの負担を減らしつつ十分な音量を稼ぐことで、歪みをできる限り抑えるような調整がされているのではないかと思います。伸びや空間に広がっていくような響きを十分に表現できていますが、やはり滑らかさや繊細さが目立つ傾向にあり、刺激的で鮮やかな鳴り方を求める方には少々物足りないと思われます。

 

■音場・定位・解像度

音場はイヤホンとしては平均的で、広大な空間から音が聞こえてくる訳ではありませんし、逆に耳の近くに音が集まりすぎて狭苦しさを感じさせるということもありません。

基本的には音場に関しても原音に忠実に鳴らす印象で、このイヤホンの特性で音場が広くなったり狭くなったりするという感じはあまりしません。

定位感は十分良いですが、各音が平均よりわずかに太めなこともあり、出音の滲みを多少感じることもあります。

解像度については非常に優れています。各音の分離感はそこまで強調されている訳ではなくどちらかというとまとまりの良さを感じますが、各楽器の音を追ってみると非常に細かいディテールまで描写されていることに気づきます。

 

■音漏れ・遮音性

筐体にベントなどは無く、ノズルをしっかりと塞げば音漏れはかなり小さい方です。

装着時の耳への密着度も高く、内部が空洞の中空のシェルではあるものの、外音遮音性についても平均よりも高いと思います。

総合すると、密閉型のイヤホンとしては最高レベルの音漏れ耐性と遮音性がと思います。

騒音化での移動(電車など)を伴うポータブル用途でも、室内での使用時と比較してそこまで音量を上げることなく快適に利用可能だと思います。

 

■装着感

厚み方向にかなり大きく、ほとんどの人は多少耳から飛び出したような感じで装着することになるかと思います。一方で長さや高さ方向のサイズはある程度コンパクトに抑えられており、耳が小さめの方でもなんとか装着することはできそうです。

重量は樹脂製筐体にしては重め(それでも金属筐体に比べれば軽い)で中にみっちりとドライバが詰まっていることを体感させられます。耳に当たる面はカスタムIEMに近い形状になっており、装着時は耳にしっかりはまり込み、長時間の装着でも痛みや違和感などは感じにくいです。

EMPIRE EARSのイヤホンに共通した特徴ですが、ステム部にイヤーピースが引っかかる凹凸がほとんどなく、イヤーピースが緩んだり、ステム部に皮脂が付着して滑りやすくなっていたりすると、取り外しの際にイヤーピースが耳の中に残ることがあります。

また、EMPIRE EARSのイヤホンでダイナミックドライバを搭載しているモデルに関しては、装着時や装着後にイヤホンの位置を調整する際などにペコペコと空気圧でダイナミックドライバがたわむ音がするのですが、WRAITHに関してはBAとESTのみで構成されておりそのような音が発生しないのは精神衛生上とても好ましいです。

 

■その他、備考

どちらかというと派手で一聴して個々の機種の特長も分かりやすいEMPIRE EARSの他のイヤホンと比べると、WRAITHはフラッグシップモデルながら華やかさや分かりやすい特徴に多少欠けた傾向の音作りがされており、人によっては値段の割にかなりピンとこないイヤホンの可能性があります。

色々な音源を時間をかけて聞きこんでいくにつれ、各帯域のバランスの良さや各音の質感などが非常に丁寧に調整されていることに気づき、じわじわとその上質さに引き込まれていくのですが、試聴レベルだとその良さを感じることはなかなか難しいのではないかと思います。

WRAITHにはどんな音源でも原音に忠実に破綻無く鳴らす基本性能の高さがあるため、サブベース帯域の量感が非常に重要となる音源以外は基本的に問題無く楽しめるのではないかと思いますが、特に向いているジャンルとしては、音源自体の高域と低域に多少の強調があるポップスだと感じました。WRAITHのわずかに中域が張り出す音質傾向と合わさると全体として非常にバランスが良くなりつつ、艶やかなボーカルを非常に気持ち良く聞けるため、ただただ音楽に浸ることができます。

まとめると、WRAITHは基本性能の高い万能機ではあるものの、ハイエンドらしい一聴して惹き込まれるような魅力には少々乏しく、どちらかというと長く付き合っていくなかでじんわりとその良さが分かってくるスルメイヤホンだと思います。他のイヤホンで色々な傾向の音を聞いた後に、最終的に落ち着き、優しさ、安らぎを求めて戻ってきたくなるような、そんな安心感を感じさせてくれる点が個人的には非常に魅力的に感じています。

最後に、似たようなドライバ構成で、以前に所有していたことがある ULTRASONE Saphire との比較です。全体として、柔らかさや滑らかさがあり、どこか優しさを感じさせる音作りという点では基本的には似た音質傾向だと思いました。違いを挙げるとすると、記憶の中にある Saphire はもう少し音が太く、力強く濃密に鳴る印象で、それと比べるとWRAITHはクリアさや繊細さな表現に優れる、という感じになります。

もともと Saphire に関しては、その優しさとパワフルさを同時に感じさせる上質な音作りが魅力的でいつか買い直したいと思っていたのですが、Saphire に求めていたものは WRAITH でもかなりの部分が満たされることが分かったので、WRAITH を手放さない限りは Saphire を買い直すことも無さそうに思います。もちろん、一度ちゃんと聞き比べてみたくはありますが。

Saphire はハウジングの鏡面部分に非常に傷がつきやすく、取り扱いに非常に気を使うので、その点でも樹脂筐体の WRAITH はお気に入りです。もちろん金属筐体とは異なりシェルの割れなどが発生する可能性があるので、そのあたりは気を付けて末永く付き合っていきたいです。