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VISION EARS EVE 20

[レビュー] VISION EARS EVE 20

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■製品仕様・特徴など

EVEとはExclusive VISION EARSの略で、特定の年にのみ製造・販売される、ある種の限定モデルのような装いの製品です。20はそのモデルが発売された年を表しており、EVE 20は2020年のExclusive VISION EARS製品ということになります。時は既に2022年ですが、EVE 21は発売されておらず、どうやら毎年必ず発売されるという訳ではないようです。毎年発売されるのであれば、今年のEVEは前年のEVEと比べてうんたらかんたら、ここ数年で最高のEVEでなんとかかんとか、などと、ロマネコンティみたいな批評が楽しめそうだったのですが、少し残念です。EVE 20のチューニングは最初のプロトタイプを作成した際の出来が非常に良く、ほぼそのまま製品化に至ったというストーリーがあるようですが、もしかしたら今後もそのような印象的なチューニングが生み出せない限りはあえてEVEとして発売するというのは無いのかもしれませんね。

デザインについては、フェイスプレートが赤色、本体部分がオリーブ色と、若干リンゴを思わさせるイヤホンとしては珍しい配色ですが、デザインは左右にそれぞれVEロゴとEVEロゴのみとかなりシンプルで、質実剛健さを感じます。VISION EARSの特徴としては、シェルに樹脂が充填されていることが挙げられると思います。樹脂充填筐体で発生しがちな気泡はほとんど無く、透明度も高いです。左右の筐体の形状がほぼ左右対称なのはもちろんのこと、内部のドライバや抵抗などの部品ですらも左右のシェルでほぼ対称に配置されており、本体側の2ピンコネクタ部品の取り付けなどにも曲がりが無く、非常にビルドクオリティの高さを感じます。樹脂筐体の製品はどうしても金属筐体の製品と比べると安っぽい印象になりがちですが、VISION EARSの樹脂筐体製品は他社製の製品と比較するとかなり高級感を感じられます。樹脂充填筐体と中空の筐体のどちらが音響的な特性が良いのかということは議論がありそうですが、見た目の高級感だけでなく、本体の耐久性や、音漏れ、遮音性に対して優位に働くと考えられるため、個人的には非常に好みです。

ドライバ構成はフルBA 6ドライバ 3ウェイ で各帯域に均等に2ドライバずつ割り当てた比較的シンプルな構成です。VISION EARSのフルBAモデルの通常製品としては、現在2ドライバのVE2から8ドライバのVE8までのドライバ数のバリエーションの製品群があり、価格帯的には9万円~30万円のレンジにあります。EVE 20は定価では17万円弱で、これはVE4.2とVE5の間の価格になります。6ドライバのVE6X1, X2は18万円台半ばの定価となっており、ある種の限定モデルにも関わらず単純にドライバ数から考えると多少お得な価格となっています。もちろんドライバ数を増やせば必ず音質が向上するわけではありませんが、単純に部品が増えることによるコスト増加や、多数のドライバを違和感が出ないようにチューニングするためにコストがかかるため、価格については基本ドライバ数が増えれば増えるほど上がってしまうのは自明の理なので、そのような条件の中でEVE 20がこの価格で販売されているのは非常に良心的と言えるかもしれません。

また、VE2からVE8の各モデルでは、ドライバ数 / 価格が、多く / 高いほど上位の製品という訳では無く、明確なチューニングの差によるキャラクタ付けが行われているようです。プロトタイプの音が非常に印象的で、ほぼそのまま製品化されたという本モデル、どのような音を奏でてくれるのか非常に興味深いです。

■試聴環境

DAP : Cayin N6ii-Ti (R01モジュール)

・接続 : Effect Audio Leonidas II + Cleopatra 8 wire 2pin - 4.4mm5極バランス

・イヤーピース : SpinFit(純正付属品)

■サマリー

・[モニター] - - 〇 - - [リスニング]

・帯域バランス : 低域 > 中域 >= 高域

・音場 : [広] - - 〇 - - [狭]

・定位 : [正確] - 〇 - - - [曖昧]

・解像度 : [良] - 〇 - - - [悪]

・音漏れ・遮音性 : [良] 〇 - - - - [悪] ※遮音性については個人差大

・装着感 : [良] 〇 - - - - [悪] ※個人差大

■全体的な音質傾向

一言で言うと、密度感、厚みのあるエネルギッシュな鳴り方をしつつも、十分な分離感や音のキレを感じられるVISION EARSらしさが色濃く出ている良機です。

各音のエッジ、粒立ち感については程よく感じられる範囲で若干の強調を感じます。

音の太さについては全体的に太目で厚みを感じる音です。

音の響き、余韻の表現は多少控えめで、どちらかというとクッキリ、ハッキリと鳴らすタイプです。

全体的には音の太さ、厚みによる密度感が目立ち、フルBA型とは思えないほどダイナミックな鳴り方をする印象ですが、BA型らしい音の分離感やキレはしっかりと感じられ、あまり暑苦しくならず、クールさを感じられる出音です。

モニターとリスニングのちょうど中間あたりに位置し、各音が太くハッキリと鳴るため、それらを個別で追いかけるモニター的な使い方もできますし、ダイナミックな鳴り方を活かして純粋に音楽を楽しむこともできると思います。

良くも悪くもどのような音源でも力強く鳴らしがちな傾向があるため、ロック、ポップスを楽しく聞くことには非常に向いていますが、アコースティックな楽曲やクラシックなどで繊細な表現が必要な音源は少し苦手な印象です。

■帯域バランス

低域 > 中域 >= 高域

帯域バランス的には低域が最も目立ち、それに中域、高域が続くピラミッドバランスとなっており、ドッシリと構えた安定感を感じさせます。

低域はBA型とは思えないほどの量感があり、低い所までしっかり出ていますが、輪郭はしっかり残っていてアタック感の強さも感じさせる、総合的に見てかなり主張の鳴り方です。音源によってはボーカルに対して多少重なってくることもあり、低域が苦手な方には受け入れられない可能性があります。

中域についても主張が強い低域に負けないレベルでしっかりと出ており、ボーカル、ギターなどは生き生きと鮮やかに聞こえます。

高域についても必要十分な量はしっかりと出ており、質感としても粒立ちが良い傾向にありますが、伸び自体は控えめで、低域、中域と比べると少し後ろに追いやられ目立たない印象です。

■音場・定位・解像度

音場は広くも無く狭くも無くイヤホンとしては平均的な広さですが、音が太目で厚みがあるため、空間の中が音でみっちり詰まった密度感を強く感じます。

定位感は十分に良いです。音は太目ですが、響き、余韻控えめでクッキリ、ハッキリ鳴らされ、音場も広すぎないため、どこから音が鳴っているかが明瞭に表現されています。ただし、帯域バランスの項でも述べましたが、低域、中域が前面に出てきて、高域は若干後ろの方に追いやられがちなので、そのあたりに違和感を感じる人もいそうです。

解像度についても十分に良く、各音はしっかりと分離されて鳴り、BA型らしくディテールの表現も良好ですが、音が太目のため一般的な高解像度の音の鳴り方として想像される出音とは異なる印象です。

■音漏れ・遮音性

イヤホン本体にベントや継ぎ目が無く、耳にもしっかり収まり、イヤーピースだけでなく樹脂充填された筐体で耳穴周辺が塞がれるため、ユニバーサルタイプの密閉型のイヤホンとしては最上級の音漏れ耐性と遮音性を持っていると感じます。

騒音化での移動(電車など)を伴うポータブル用途でも、ポータブルでの利用で聴き取りづらくなる低域が盛られているバランスと、非常に高い音漏れ耐性、遮音性により、非常に快適に利用できます。

■装着感

筐体自体は薄目で面積が広いという独特の形状をしており、耳が小さい方は耳のくぼみ部分にイヤホン本体がハマりきらず、装着感が非常に悪くなってしまう可能性があります。私は比較的大きめの耳らしく、大きいと言われている筐体のイヤホンについても問題無く耳の中に収まることがほとんどで、EVE20に関しても特にキツさなどは感じずピッタリとくぼみの中に収まります。

重量は中空の樹脂筐体のものと比較すると樹脂充填されている分の重量増を感じますが、その重さが負担になるレベルでは無く、耳に当たる面も滑らかな曲線となっているため、長時間の装着でも痛みや違和感などは感じにくいです。

ステム部も平均よりは多少太目ですが、使用可能なイヤーピースが少なく困るということは無いと思います。ただし、標準で付属されるSpinFitから他社製のイヤーピースに変更すると、絶妙なバランスで成り立っていたEVE 20の出音が崩れ、低域過剰で高域が曇ってしまったり、密度感が高くエネルギッシュな鳴りが失われてしまいがちな印象を受けました。逆に言うと、SpinFitを使用した際の出音が苦手な場合でもイヤーピースの調整で好みの傾向に近づけられる可能性も高く、特に口径が広いイヤーピースを使用すると、高域がよりダイレクトに伝わり、低域の主張の強さも多少控えめになってより自然な鳴り方に近づくので、元の鳴り方が気に入らない場合などに試す価値はあると思います。

■その他、備考

特定の年のみ製造・販売するという、個数や国・地域限定とはまた異なる限定製品になりますが、しっかりとVISION EARSらしさを感じられるモデルになっていると思います。私はEVE 20を聴いたことがきっかけとなって、VISION EARSの音作りの傾向のファンとなり、今では旧フラグシップモデルであるErlkönigを渇望して止まない体にされてしまいました。VISION RAESの音作りはいわゆる優等生的な音作りとは少し距離を感じるところがあり、万人受けするわけではないと思いますが、ハマる人にはかなり中毒性が高いと思います(このあたり、同じドイツのメーカーのULTRASONEに似た印象を感じます)。特に、ロック、メタル、電子音楽などをメインで聞く方には一度聞いてみて欲しいメーカーになります。